シェリー

スペインのアンダルシア地方の南西部、カディス県のほぼ中央に位置する都市ヘレス・デ・ラ・フロンテラ周辺地区特産のアルコール強化ワイン。

紀元前6世紀、フェニキア人がカディスの街を建設したという歴史を持つヘレス平野のぶどう栽培は、古代キリシア人によって始められたと言われ、そのワインはスリとかセレなどと呼ばれていた。

8世紀から15世紀までこの地を支配したアラビア人は、このワインをシラーズと名付け、これがスペイン語に訛ってヘレスとなりフランス語でケレス英語でシェリーと呼ばれるようになった。

シェリー酒の生産が企業家され始めたのは17世紀の半ばのことで、18世紀後半より次第に海外での需要も高まってきた。

スイス人のペドロドメック、フランス人のオーリー、アイルランド人のパトリックガルベイや地元のカディスの商人ゴンザレスアンヘルといった人々が、18世紀から19世紀にかけて活躍し、シェリー酒産業の基盤がつくられた。

彼らの名前のあるものはシェリー酒の銘柄となって今も残されているが、製品のラベルにヘレスケレスシェリーと3カ国語で表示してあるのも、このような歴史の国際性を示すものであろう。

シェリー酒はカディス県のヘレス・デ・ラ・フロンテラ プエルトデサンタ・マリアおよびサンルカルデバラメーダの3地区で栽培されたパロミノ種を主要原料葡萄とし、これにペドロ・ヒメネス、モスカテルの2品種を副原料としてつくられる。

本来の製法は葡萄を仕込む前に1−2日、天日にさらして糖分を濃縮し、あるいは圧縮しないフリーランだけを使い、糖分を高めるためにその1部を濃縮し、これをあわせて発酵させる。シェリー酒の特徴となる風味はアルコール発酵後、シェリー酵母がワインの表面に膜を張って二次発酵することにより生まれる。

すなわち、発酵によって糖分がなくなったアルコール濃度15%ぐらいのワインを、樽に4分の3程度の分量までいれておくと、やがて酒の表面に花と呼ばれる皮膜ができる。

皮膜の酵母の酸化発酵によってアルコールの一部はアルデヒトに酸化されて特有な香りを、色調も濃い琥珀色がだんだんと褐色し、味も変化する。

これをソレラという独特の方法で熟成させる。

すなわち、上の樽の底から皮膜をくずさないようにワインを3分の1ほど抜き、下の樽へ順繰りに混ぜていき、最上段の樽へは常に新しい酒を補充してやるというやり方である。

19世紀前半にヘレス・デ・ラ・フロンテラへ進出したイギリスの商人は、やがて輸出先のイギリスやドイツからアルコールを持ってきて、若いシェリー酒に混ぜ、着色した粗悪品を輸出するようになって、シェリーの品位を汚したこともあった。

ワインの原産地名称権を保護するために1891年に締結されたマドリード協定以後のシェリー酒は、シェリー酵母による二次発酵終了後にブランデーを加えてアルコール濃度を15−20%に補強し、濃縮葡萄果汁で甘味を調整し、これを樽で更に熟成させたもので、オロロソ、アモンティラード、フィノなどのタイプがあり、それぞれ製品のラベルに表示されている。

なお食前酒としてはアルコール濃度の高いオロロソが適している。

アモンティラードは冷やして供されるが、シェリーの香りを楽しむためには、冷やし過ぎないほうが良い。

クリームなどと表示されている甘口のシェリーは、室内ないしは少し冷やして飲んだほうがよい。